2014/3/11 シンポジウム 『医療・介護の「健康・医療のパーソナルデータ」〜利活用と保護のバランスをめぐって〜』

シンポジウム開催報告

テーマ:『医療・介護の「健康・医療のパーソナルデータ」〜利活用と保護のバランスをめぐって〜』

日時:2014年3月11日(火)13:00 – 16:10

場所:慶應義塾大学日吉キャンパス 協生館内 藤原洋記念ホール

シンポジウム告知フライヤー(PDF)

 

■報告 1

神奈川県知事挨拶(ビデオメッセージ)

黒岩祐治 神奈川県知事

 

神奈川県は、「ヘルスケアニューフロンティア」というプログラムを推進している。超高齢社会が到来し、85歳以上の人口が最も多くなることが予想される2050年には、従来のシステムは通用しない。我々は、この問題を乗り越えるために「最先端の医療・技術を追求する」、「未病を治す」という二つのアプローチで取り組んでいく考えである。

食のあり方を見直し、エクササイズを行うといった健康寿命を延ばすプロセスは経済のエンジンを回すことにつながる。こうした神奈川モデルの取り組みは、超高齢化社会を乗り越える日本全体に広がり、さらには世界へと発信されていくであろう。

「未病を治す」という概念は「予防」と異なり、病気の人にも有効な考え方である。そして「最先端の技術」と融合させることによって、未病がどこにあるかを可視化することが可能となる。例えば、温水洗浄便座の消臭機能によって体内のガスを収集し、トイレからデータを送信する。また声を分析し、うつの状態を測定する。あるいは、腕輪型の端末を装着することで、人間ドックや健康診断を受けることなく日常生活の中で体内のさまざまなデータを取得・蓄積する。このようにして未病の状態がどこにあるかを突き止め、食や運動のあり方を見直すことで、未病を治すことにつながるわけである。

現在、進めている「神奈川マイカルテ」の実証実験では、補助金に依存しない持続可能なモデルの構築を目指している。お薬手帳の電子化では、まず個人ヘルスレコードの利便性を市民が認識した後、個人情報を切り離したデータをビッグデータとして活用することで医療は大きく変わる。新たなルールづくりが求められるが、その先には、未病の可視化された情報、食生活の情報、さらには遺伝子情報が含まれ、個別化医療の実現につながっていく。1人1人の体質・体調に合わせて未病を治し、病気になった人には個別化された的確な医療を提供することによって、超高齢化社会を乗り越えることができる。

こうした医療情報の革命は、“未病産業”という新たな産業につながる。超高齢社会の課題を克服するところにニーズがあり、経済のエンジンを回していく。神奈川県は、このヘルスケアニューフロンティアを世界に向けて発信していきたいと考えている。


■報告2

慶應義塾大学環境情報学部長・教授

村井 純 先生

「健康・医療のパーソナルデータ」(Skype講演)

東日本大震災を契機に、ツイッターや自動車の位置情報といった1人1人の個人が生み出すビッグデータの処理がライフラインとして社会に貢献し始めている。また先端の医療データが電子化されていく中で、それが研究や教育に広げて利用され、健康のための社会的な知的基盤として扱えるようになることを考える必要がある。

COI-T(Center of Innovation)は、All慶應で医療ビッグデータを解き、いろいろな研究・教育に利用することを中心に考える10年を目標としたプロジェクトである。LCC(ライフクラウド研究コンソーシアム)では、神奈川県マイカルテ事業においてお薬手帳のクラウド化から健康情報プラットフォームの設計に取り組んでいる。前者は医療の専門家からのアプローチであり、後者は個人からのアプローチと言える。そしてSFCでは、本年4月よりビックデータを解くデータサイエンティストの人材養成を行っていく。

「健康」にプライオリティが置かれた「世界最先端IT国家創造宣言(案)」は、2013年に初の閣議決定がなされた。つまり全ての分野がコミットし、ITと医療・農業が重要なキーとなってくる。

インターネット前提社会において、デジタルテクノロジーは量産され、超低価格になっていく。あらゆるものがつながり、インターネット対応で安価に無限のデータを流通する。医療機器なども、従来の100分の1になる日が来るかもしれない。

慶應義塾大学では、研究課題としてEMR、EHR、PHRそれぞれの連携をデジタルデータのプラットフォームとして進めている。ライフクラウドコンソーシアムでは、生活に密着した健康の考え方においてデジタルデータを上手に使い、パラダイムシフトを起こしていくことを目指している。

神奈川マイカルテプロジェクトでは、NFC、QRコードでお薬手帳のデータがスマートフォンで閲覧できる実験を行っている。また、データサイエンティストを養成するための「データビジネス創造・ラボ」を設立。社会でビジネスとしてデータを使えるための体制づくりに取り組んでおり、企業の関心も高い。

宇宙から見た夜の地球を観察すると、鉄道路線図のように日本列島が見え、テクノロジーの基盤が人間の生活を支えていることが分かる。とくにわが国は、3・⒒に東北の部分が真っ暗になる経験をした。つまり、昼間は自然の環境で支えられている私たちの社会を、夜にはテクノロジーが環境の一部として支えている。命や健康を考えるとき、テクノロジーがどのような役割を果たすかを意識することが重要であろう。デジタルデータやインターネットが、私たちの健康の基盤をつくっていく社会を目指していきたい。

プレゼンテーション資料

■報告3

慶應義塾大学総合政策学部教授

新保史生 先生

「医療と個人情報」

医療と個人情報について考えるにあたり、最近、個人情報を取り扱うことによって、新たな取り組みにブレーキがかかってしまう事例が起きている。とりわけ「医療」「金融・信用」「情報通信」の三つの分野で扱うのは、センシティブかつ生活に不可欠な情報である。こうした重要3分野の情報は、不正に取り扱われたり、紛失したりすれば、大変な事態につながってしまう。

医療機関における個人情報には診療録、処方箋、手術記録、調剤録等、また介護関係事業者における個人情報にはケアプランや提供したサービス内容等の記録等、通常は他人に知られたくないプライバシーにかかわるデータが含まれる。

個人情報は、「生存する個人に関する情報」、「特定の個人を識別することができるもの」と定義されている。なお、死者の遺伝子情報等、それが同時に遺族等の生存する個人に関する情報でもある場合は、生存する個人に関する情報とみなされる。今後、ビッグデータを解析することによって、顔をはじめ個人の識別が可能になることが懸念されているが、さらにそれが誰かを特定できる場合は個人情報となる。こうした個人情報には該当しないが、個人に関する情報に該当するものを、日本では「パーソナルデータ」として議論を行っている。

医療分野における個人情報の活用例として、高額医療費の適正利用が国の重要課題となっている中で、高齢者医療確保法に基づくレセプト情報・特定健診等情報の利活用の検討が進んでいる。現在は、60億件に上るレセプトデータを照合・分析することで、希少疾患等から個人を特定される可能性があるため、研究目的のみで利用可能となっているが、今後は民間でも利用できる方向性が示される見通しである。

パーソナルデータの利活用に関する制度については、高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部決定(2013年12月20日)として見直し方針が示されている。とくに「ビッグデータ時代におけるパーソナルデータ利活用に向けた見直し」「プライバシー保護に対する個人の期待に応える見直し」「グローバル化に対応する見直し」という三つの柱は、医療分野に限らず全ての分野にかかわる問題である。

こうした方針に基づき、2014年6月までに法改正の内容を大綱として取りまとめ、2015年の通常国会への法案提出が予定されている。さらに今後の課題として、スマートフォンにおける多種多様な利用者情報への対応を考えるべき段階にきている。

プレゼンテーション資料

■報告4

神奈川県庁情報統括責任者

根本昌彦 CIO

「かながわマイカルテの取り組みと展望」

CIOのミッションは、スマート県庁の実現(クラウド&シンクライアント化)、スマート神奈川(神奈川スマート化)である。

神奈川県知事の理念として、「いのち輝くマグネット神奈川」の実現を掲げている。いのち輝く魅力的な地域、公共、企業、人材のマグネット力によってヒト、モノ、カネが集まり、神奈川の発展につながる。また神奈川県知事の思いとして、全国が模倣する「三歩先行く神奈川」に挑戦し続け、前例のない取り組みを展開している。神奈川は人口907万人、県民総生産32兆円は、スウェーデンとほぼ同規模である。ひとつの国家並みのインパクトを世界に広げる取り組みを積極的に展開していこうと考えている。

神奈川県の成長戦略として、ライフイノベーション産業、ロボット産業、未病地域の取り組み、スマートエネルギー構想や観光戦略などを展開している。とくに、さがみロボット産業特区、京浜臨海部ライフイノベーション国際戦略総合特区(神奈川県・横浜市・川崎市)の二つに力を入れている。

規制緩和や優遇措置の拡充によって、最先端医療産業を創出していきたいと考えている。また「開かれた医療」として国際的医療人材を養成し、神奈川から世界に発信する少子高齢化モデルをつくりたく、神奈川では、グレイゾーン(規制)に対する果敢なる挑戦、市場創造(ソリューション開発)型での民間参入促進、人口減少社会に適した社会設計によって、特区地域のみならず三歩先行く神奈川を発信し、全国へ普及させていきたい。人口減少・少子高齢化への制度設計、増加する社会保障(医療費)の削減モデルを考えていく。

三つ目の特区として計画中の国家戦略特区では、医療だけではなくヘルスケア全体の新たな分野を開拓し、ヘルスケアの新しい社会モデルをバックキャスティングしていきたいと考え、その中で「未病」の取り組みが重要なカギとなる。ヘルスケアニューフロンティアの概念として、「最先端医療・最新技術の追求」と「未病を治す」という二つのアプローチを融合し、その流れのひとつにマイカルテ構想も含まれる。

個別化治未病・医療本格化時代の競争の源泉は健康情報にある。従来のマス向け医療(ブロックバスターモデル)時代から個別化医療本格化時代へ向けて、個人の健康情報が重要なカギとなる。治未病産業と先端医療産業を創造するためにも、ICT基盤が重要である。

こうした背景のもと、神奈川マイカルテ構想に取り組んでいる。神奈川県の当該政策に対する特長として、補助金依存型からの脱却、産官学連携でのビジネスモデルの創造、持続可能なモデルの構築が挙げられる。

本年5月からは、県庁職員8000人を対象に県庁CHO(健康管理最高責任者)プロジェクトを開始する。健康経営とともに、仕事の効率化やワークライフバランスを考えながら取り組んでいく。マイカルテの実現と併せて、医療・健康のためのICT基盤を構築していきたいと考えている。

プレゼンテーション資料


神奈川県庁情報統括責任者 根本昌彦氏 講演の様子

■報告5

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任助教

ピタリス・ローラ 先生

「米国における主治医制度と医療IT 」

2012年秋、ハリケーン・サンディがニューヨーク市を襲い、甚大な被害をもたらした。しかし幸運なことに、ニューヨーク市はEHR (Electronic Health Record)を持っていたため、患者のデータに遠隔からアクセスしてインシュリンを必要とする患者を特定し、個別訪問によって届けることも可能であった。

ニューヨーク市DOHMH(保険精神衛生局)は、PCIP(Primary Care Information Project)を主導しており、eCLINICAL-Worksは、DOHMHが利用しているEHRソフトウェアを提供するベンダーである。Medicareは米国の高齢者向け保険、Medicaideは米国の低所得者層向け保険である。

EHRは薬局やラボといった他のシステムと相互接続でき、患者はPHRによって自身の医療履歴を閲覧し、一定の情報に関しては更新や修正が可能となっている。

PCIPは、ブルームバーグ市長(当時)の強力なイニシアチブによって2005年にスタートし、現在もさらに拡大して展開されている。PCIPのフォーカスは公衆衛生の向上であり、外来患者が入院に至らないための予防医療の提供である。そして低所得地域、未保険の患者、刑務所内のクリニック等への医療の提供をターゲットとしている。

またPCIPの予防医療的なアプローチとして、肥満、2型糖尿病、循環器疾患、高血圧、禁煙等を対象とし、EHRを通してモニタリングを行う。公衆衛生を最重要課題とするTCNY(Take Care New York)では、レストランの禁煙、肥満者の食事療法といった10の戦略を策定している。

EHRは当初、低所得者向けのプライマリケアから始まったが、現在は専門医にも拡張し、大病院のネットワークをRHIOsによって確立してきた。

PCICのミッションとして注力した三つのポイントは、第一に、自身の病歴を閲覧し管理することで、患者により力を与え、先回りのケアを実現すること。第二に、臨床の治療を改善すること。第三に、臨床の意思決定をサポートすることである。

EHRの機能として、患者は自己啓発を推奨され、セキュリティ化されたEメールで医師へ検査結果や処方箋について質問し、訪問の予約をとることができる。医師が必要と判断すれば、薬局へ処方箋を直接届けることも可能である。患者のポータルでは、自分のカルテを参照し、自宅にいながら病歴の追加や保険情報の更新等もできる。ここから医師と連絡をとることも可能で、啓発の資材等も含まれている。

PCIPは、さまざまなプログラム参加者からデータを収集・蓄積するが、患者を特定するデータは生成しない。PCITの取り組みのひとつとしてPay-for-performance(医療の質に基づく支払)があり、これまで禁煙や心血管疾患の改善において成功している。薬剤のリコールのアラート、予防接種履歴の記録も可能である。なお、個人情報は保険局と共有していないため、医師の診察室から個人情報が漏れることはない。

プログラムは非常にうまくいっており、現在9000のプロバイダが関与し、患者数は400万人を超えている。そして具体的に、臨床の質向上の効果を上げている証明として、禁煙成功者は増加し、糖尿病の管理も改善している。相互運用性の面でも、EHRのシステムはよく機能している。例えば、ケア記録の標準化によってデータを共有することが可能となっている。

プレゼンテーション資料

■報告6

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科准教授・環境情報学部准教授

座長: 森川 富昭 先生

「医療・介護の「健康・医療のパーソナルデータ」(ディスカッション)

ニューヨーク市では既にマイカルテの制度がスタートし、データから個人の健康に介入する仕組みができ上がっている。なぜ日本では、こうした仕組みに賛成する声が多いにもかかわらず、実現が難しいのかを講演者・聴講者間でディスカッションした。

プラットフォーム戦略を立案できる米国と、それができない日本では大きな違いがある。かながわマイカルテがさらに前進していくために、公衆衛生の向上という政策の最重要課題を、産学官全てのステークホルダーで共有することが最初の一歩として取り組んでいきたい。


 

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